五感を呼び覚まし、学びを深める
教科書でもデジタルでも、匂いはありません。味もありません。触ったりすることはできません。デジタル教科書では音はあるかもしれませんが、それは用意されたものです。
五感を通して学ぶと、それは自分の言葉で作り上げた知識になります。教科書に書かれている言葉をそのまま覚えるだけではありません。体験を通して実感した知識です。
今の小学校では、体験や活動を通して学ぶようになりました。その体験や活動を通した学びの「基礎」となるのが「五感」です。「学びの未来研究所」では、こうした学ぶための「基礎」となる五感を磨く教育を提案いたします。
山下さんとの出会い
NIE(Newspaper in Education)は私が教師になってから一貫して実践してきたことですが、他の一貫した実践の1つが五感教育です。私の専門教科が社会科ということもあり、この社会科の授業をつくることに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの「五感」を生かしたフィールドワークが不可欠でしたし、子どもたちにも日常五感を生かした活動を勧めてきたこともありました。具体的には「五感」を生かした自由研究に取り組める力を育成してきたのです。1981年教員になり、3年生の社会科では徹底して自由研究としての地域調査に取り組みました。この時以来できるだけ「五感」を生かした取り組みをしてきましたが、ネットを活用するようになった状況でも五感のもつ意味を追求してきました。
その中で、ノンフィクション作家で五感生活研究所代表の山下柚実さんと出会いました。2004年5月29日に読売新聞社で行われた第9回読売NIEセミナー「『五感』教育とNIE」の講師としてご一緒させていただいたのです。新聞やインターネット、データベースでの情報をどう「五感」を生かして読み解くかがテーマでした。また、子どもだけで学ぶのではなく、家族で学ぶことも大きな特徴でした。
この時のようすは『読売新聞』で紹介されましたのでご紹介しましょう。
講師には、五感についての著書がいくつもあるノンフィクション作家の山下柚実(ゆみ)さんと、NIE教育のベテランで、聖心女子学院(東京)初等科教諭の岸尾祐二さんを迎え、親子連れら百人余りが受講した。山下さんは、会場にスプレーをまいて何のにおいか当てるゲームなども取り入れながら、五感を育てることの大切さを強調。新聞を活用して親子のコミュニケーションを深める「ファミリーフォーカス」という手法を勧める岸尾さんは、山下さんと掛け合いながら、新聞記事や記事データベースを使って、小学生にもできる「五感を呼び覚ます授業」を披露した。
五感を呼び覚ます記事とは、どんな記事か。岸尾さんが取り上げたのは「大仏さまの鼻くそ」という名前が付いた菓子に、奈良・東大寺が異議を申し立て、特許庁が商標登録を取り消したという記事(五月十三日夕刊)。岸尾さんが、自分で取り寄せた菓子の実物を親子連れに配布すると、会場から笑みがこぼれた。
「記事に書かれているものを実際に見て、においをかぎ、触ってみた上で、東大寺の立場や名前の付け方を話し合ってみたら」。岸尾さんの提案に、参加者は、菓子をかじったり、触ったり。「思ったより硬い」「キャラメルのような味」「名づけ方の発想はおもしろいが、東大寺の立場も考えると……」などと感想を語った。
当日の新聞も題材にした。朝刊「くらし家庭」面から、コーヒー色や紅茶色など「“渋色”の花が若者に人気」という記事に着目した小学生は、「腐ると臭そう」「ほんのりしたにおいがしそう」と発言。山下さんが「においの記憶を呼び覚ましながら記事を読むと、奥行きや現実感が出てくるよ」と付け加えた。
読売新聞の学校向けデータベース「スクールヨミダス」も、五感を刺激する記事探しに一役買った。
東京都大田区の小学五年生飯田真由さん(10)は、用意されたパソコンを使って、北海道釧路市の小中学校で今秋から、給食にクジラ肉を出すという記事を探し、「お父さん昔、給食で食べたと話していたので、私も、見てみたいし食べてみたい」。父の信一さん(45)の方は、「牛肉を少し硬くしたような感じだった。肉と魚の間のような味で、あまり好きではなかった」と振り返った。
「今度、一緒にクジラ肉を食べに行けば、一緒の感覚を経験できるね」と山下さん。親子のコミュニケーションを広げる具体的な事例を示す形となった。
データベースの利点について、山下さんは、配達される新聞では読めない地方の記事が読める点を挙げ、岸尾さんも、新聞と連動させることで、正確で多様な情報を得ることに役立つと強調した。
二人はファミリーフォーカスの後、五感と新聞の関係について語り合った。
「記事の中にひそむいろいろな感覚世界を発見していくことが、新聞を深く読む楽しさにつながる」と山下さん。岸尾さんも、「新聞は漢字が多く、小学生には難しいこともあるが、五感を使っての記事探しなら、子どもにも無理なく楽しめる」と、親子での音読やカラーペンでの書き込み、写真記事の活用を勧めた。
また、岸尾さんは、「タイムマシンに乗るように過去の記事を読み、タケコプターをつけて上空から見るように写真を楽しめ、どこでもドアを使うように世界中の情報がわかる」と、新聞をドラえもんのポケットにたとえた。
最後に山下さんは「子どもが、自分の中にたくさんの感覚の引き出しを持てる機会を、大人や社会が提供する必要がある」と提案。岸尾さんも「堅苦しい新聞を、もうちょっと子どもに身近に感じてもらえるよう、新聞社も努力してほしい」と注文をつけた。
(『読売新聞』2004年6月10日朝刊「記事が育てる想像力」の記事から一部抜粋)